2010年12月2日木曜日

加川文一の散文を読んで── 文一が標榜している「具躰」をどのように解明すればよいのか ──




加川文一は人生が面白いように、人間が面白いように、また、生活が面白いように詩は面白い。と、随筆集『置時計』のなかで綴っている。そして文一は、面白いとは、ものの具躰にふれて心を動かされた時の、こころの状態である。と釈義している。


文一は詩作に興じる時の心得として、具躰というものを非常に尊重していたようである。詩は一見抽象的であるが、優れた詩の特徴は、美の具躰を追求して止まないと断じている。而して文一は、美の追求には凡そ二つの道があるようだと述べている。即ち、一つは知性によるものであり、もう一つは感性によるものであると道破した。


文一は物事の本質を捉えることによって、具躰の叫びと真実の在り方を突き止めようとしていたのであるが、文一が主張している「具躰」というものについて、私は些か合点が行かないのである。


具躰とは、即ち抽象の対義語となる具象のことであるが、例えば、文一が活躍していた二十世紀半ばのリアリズム(自然主義)は、極美であるとか真実の写実を追求するだけでは、創造性を欠落させていると思われた。


従って本来の「具躰」というものは、対象となるモティーフやテーマを思惟活動によって解体分析しながら、その本質をつかむための抽象行為を行なわなければならない。そしてさらに、抽象化された表現を損壊しながら、もう一度、具象性を注入するのである。端的に言えば、具象→抽象→再具象の手法によって、より深みのある創造が表白されるのである。


次に、知性と感性についての問題であるが、前文に記しているように、文一は美の追求には凡そ二つの道があると述べているが、その二つが知性と感性である。文一は前もって凡そと断りを入れているが、私は美の具躰を追求しながら、詩を吟じる上で不可欠なものの一つに、形而下に属しているかも知れないが、「直観」(インスピレーション)というものをもう一つ付け加えておきたい。


文一はまた、難解な詩のことを独り善がりの安易を示していて、詩とは凡そ縁の遠いものである。と強く非難している。比して表面解りやすい詩こそが、読者を深淵の前に立たせるのであると喝破するのであった。


文一の詩の定義は、畢竟するに具躰を追求することによって、より明解な詩が描けるが、抽象は難解であって、晦渋な詩は本質的にはたわいのないものであり、芸術とは無縁であると言うのである。


どうやら文一には具躰のなかの抽象、あるいは具象から抽象、そして再具象の観念が把握されていなかったようである。


同じく『置時計』(随筆集)のなかの一節で、文一は「知性」の概念を明らかに曲解している箇所がある。文一は「知性」の究極は超現実であると説いている。文一が言わんとしている超現実の意味が、今一つ良く理解できないのであるが、それがシュールレアリズム(超現実主義)であるとすれば、謬見も甚だしい。


文一は師と仰ぐウヰンタースの初期の作品にふれて、詩人とはかくあるべきものであると断言しているが、私はその一句を読んでみて戸惑いを隠せなかったのである。


 


吾は眼をもたず


吾が一撃は狂はず


 


ウヰンタースの詩の一句は、言わば文一の座右の銘である。けれども「吾が眼をもたず」という言辞の意味は、「具躰」を否定することである。また、眼をもたずして一撃に狂いがないということは、「知性」をも打ち消していることになる。


文一はホイットマンやエマーソン、そしてポーやブレイクといった米国及び英語圏の詩人の作品を主に味読していたようであるが、ボードレールやリルケ、そしてヴェルレーヌやランボーなど、欧州のデカダンスの詩人たちによる作品からは、殆どといってよいほど影響は受けなかった。情報の乏しかった往時の時代背景や、翻訳書の寡少な時世において、十四歳でカリフォルニアに渡ってきた文一においては、英語圏の、取り分け米国の詩人たちに深く興味を抱いたに違いない。


また、具躰をしっかりと捉える文一の詩業は、イェイツに私淑していたからこそ継承できた術なのであろう。このように考えると、文一の散文のなかで遭遇する詩論的境遇は、文一の周辺ではかなりヒップであったのかもしれない。


文一の詩を読み、しみじみと味わってみる限り、日常の何でもない具躰をしっかりと捉えていて、淡々と媚びながら読者を惹きつけているのである。この一種のメソッドこそが、一度捉えた具躰を凝縮したり、破壊した後に、観念的な普遍の眼でつかまえておいてから、再び具象の仕事に入って行くのである。この表現方法には、文一自身も気づくことはなかったのであるが、詩人、加川文一は、無意識のうちに自我の前に、人工的に緻密な「霧」(眼力)を投げていたのである。この「霧」こそが、具躰を超越している概念であり、具躰を凝視するための抽象であった。


従って文一が否んだ思弁的洞察は、詩作の段階で瞬時に反芻されてしまい、詩人の魂は鋭く、美の「具躰」の追求へと移行していくのである。





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