2011年5月10日火曜日

早くしないと




早くしないと


川粼 洋


 


夕日が沈む時


そのにぶい光が


遠くの景色を


みんなぼかして


ふわふわ美味しそうな色にする


 


さあ早くそれらを


かさかさとかき集めなきゃ


それ


僕の手の中で


横倒しになる森や屋根や煙突


世界は四角で木が一本だけ生えている


と思って死んでいった赤ん坊


その赤ん坊のそばの窓


早くその窓を閉めなきゃ


 


その戸が男の子の手で閉められたばっかりに


一生を台なしにした女


早くその戸を集めなきゃ


 


早くしないと


ある夕方


巨きな腕が


ゆっくり空を掻き


景色達はうっとり


その腕で空に溶けていってしまうから


早くしないと


さあ


 


 


2004年10月21日、腎不全で川粼 洋さんが死去した。七十四歳だった。


 


今回は、川粼さんの第二詩集『木の考え方』の中から、「早くしないと」を紹介させていただく。


まず、この詩を読んでみて、モティーフが希薄であると考えるのは間違っている。なぜならば失意がモティーフであり、焦燥と不安がテーマとなっているからだ。


当事者以外には、つかみ所のない日常の些細な出来事や、目に入るあらゆる風景や生物、そして人物などから、一見、希薄と思われる象徴詩が誕生する。


往時の川粼さんは生活苦と闘いながらも、詩作においては諧謔(かいぎゃく)の精神を貫き、象徴的なポエジーに血路を見出していた。


即ち、川崎さんはこの詩を書く上において、モンタージュの技法からヒントを得ながら、周辺の美と焦燥を見事に謳いあげているのである。





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