2011年2月13日日曜日

掌の小説 2  陰翳(いんえい)




黄昏に金閣寺の庭の池を眺めていると、夕映えに茜色に染まる金閣寺が水面に映っていた。拓也はふと、シャドネール夫人を、モデルにして小説を書きたいと思いに駆られた。


拓也は谷崎潤一郎に深く私淑していた。と同時に劣等感を懐いていた。「谷崎みたいな陰翳に富む文章が描ければ… 」


いつもの悪癖が出たので、拓也は自分の心を省みた。にわかに、こどもが池に小石を投げた。小石は水面を三回はねて沈むと、水面には幾重にも水の輪が広がり、鯉が飛び跳ねた。


拓也の意のある所の片隅が、韓紅に染まっている。額には脂汗が滲んでいた。拓也は見た。池の中に蠢動(しゅんどう)する気色立(けしきだ)つ陰翳を… 。





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