野ばら
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ/小塩 節 訳
野辺に咲く
あかいばら
朝日のような美しさ
少年は見るなり駈けよって
うっとり眺めておりました
あかい野ばら
野辺に咲くばら
「さあ 折るよ
あかい野ばら」
「刺してあげるわ
わたしのことを忘れぬように
ただ折られたりはしませんわ」
あかい野ばら
野辺に咲くばら
でも少年は むごくも折ってしまった
あかい野ばらを
ばらはふせいで 刺したけれども
嘆きも叫びもむだでした
やっぱり折られてしまった
あかい野ばら
野辺に咲く ああ あかいばら
世界中の人々に愛されて、親しまれてきた『野ばら』は、わが国では近藤朔風の訳詞(♪ 童は見たり 野中のばら・・・ )とシューベルトの作曲で有名である。
二十一歳のゲーテ(少年)は、牧師の娘フリーデリーケ(野ばら)に一目惚れする。貴族の出身で金持の少年は、自分が欲しいものは何でも手に入れなければ気がすまなかった。泣き叫び抵抗する純真無垢な乙女は、少年の一方的な熱情に翻弄されながら、とうとう少年の愛を受け入れてしまったのである。
後にゲーテは、フリーデリーケとの出会いの印象を、自伝『詩と真実』の中で、「片田舎の天空に、たまらなく愛らしい星が立ち昇った」と、述懐している。
詩の鑑賞はこれで終わりであるが、当然、往時の二人の関係には続きがあった。片田舎で会っていた時分のフリーデリーケは、この上なく清純で愛らしかった。けれども、都会の社交界においては、フリーデリーケの姿が、ゲーテの目には不粋に映っていた。
恋多き詩人は、非情にもフリーデリーケを捨ててしまった。心に深く傷を負ったフリーデリーケは、リボン作りで生計を立てながら生涯を独身で貫いた。
しばらくしてゲーテは、今度は婚約者のいるシャルロッテ・ブッフを熱愛し始めた。この片恋の顛末を描いた『若きウェルテルの悩み』は、世界中で大反響を巻き起すことになる。また、晩年のゲーテは、七十代半ばになって十七歳の少女に求婚している。
ゲーテは幾多の恋に明け暮れながらも、生涯にわたってフリーデリーケとの経緯について、良心の呵責を抱いていた。その懺悔の念は『ファウスト』を始め、主要作品の貴重なモティーフとなって表現されている。
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