下降
杉山平一
仲好しと、いま別れたらしい
娘さんが笑みを頬にのこしたまま
六階からエレベーターに入ってきた
四階で頬笑んだ口がしまり
三階で頬がかたくなり
二階で目がつめたくなり
一階で、すべては消えた
エレベーターの扉があくと
死んだ顔は
黒い雑踏のなかに入って行った
現在、杉山平一は『関西詩人協会』の代表を務めている。彼の代表作品といえば、この『下降』と、『写真師』、『生』、『不在』などがそうである。
詩を味わった後で、押し付けがましい解説を読んでしまった故に、掻き立てられていたイマジネーションが興醒めてしまうことがある。
伊藤信吉は、娘さん(女の子)が一階についたとき、彼女は「無」になっていた。と解説している。作者は「すべては消えた」と詩の中に綴っている。女の子が「無」になるのと、客観的に詩人の眼が捉えた状況であるところの「すべてが消えた」とでは、本義が全く異なってしまう。
何かメタフィジックなことでも意図しているのかと考えたが、伊藤信吉は女の子の表情の変貌をカメレオン物語であると結んでいる。そして変貌は無意識のうちに行われるので、戦慄するのだ。というのである。
非常に抽象的な釈義だが、ここは別段、難しく考える必要はないと思う。今まで仲好しと遊んでいて、生き生きとしていた女の子の顔が、一階について実在となったのである。そこで終結すれば詩にはならないので、対照的な「死んだ顔」という表現を用いたのである。そうすることによって「黒い雑踏の中に消えていった」最終行が深い広がりを見せている。
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