僕は若い頃に、無頼派にあこがれた。太宰治、坂口安吾、織田作之助。作品よりも、これらの作家の生きざまに傾倒した。
少し前の時代の、井伏鱒二、永井荷風、谷崎潤一郎は作品も、生きざまも惚れぬいていた。
僕が日本で物書きを志している時、夜と昼がひっくり返ってしまった。酒びたりの日々が続く、不摂生の毎日を過ごした。
居酒屋で付けが多くなり、僕は店の厨房で働く羽目になった。近所の市場でも泊りがけで、守衛をしたこともある。夜にやることがないので、物を書いた。
ある晩、守衛室に酔っ払いがやって来て、わめき散らした。どこかで見覚えのある顔、中学の時の英語の先生だ。
「卒業生の新井です」
目を丸くして、まじまじと僕の顔を先生は見詰めた。ばつが悪くなったのか、先生は無言でその場を立ち去った。
それから月が流れて、半年余り経ったであろうか、地下鉄の新大阪駅で先生とばったり出会った。
「あの時は、すまんかったのう。どゃ、その辺りで一杯?」
僕と先生は縄暖簾をくぐった。
教え子と再婚をして、6年前の春、先生は亡くなった。安らかな眠りについたという。あの時の出会いがなかったら、30年間のつきあいは無かっただろう。
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