江美子が保険屋から話を聞きました。私が亡くなれば、ジョイとお父さんが困る。それで、私に生命保険をかけようかなーあっと思っている。
毎月500ドル積み立てて、7年間積みたてれば10万ドルが貰える。僕は疑った。単純に計算をしても、毎月500ドル×7年=42000ドル。しかも、IRSには報告する義務が無い。
うまい話に惑わされられないように、気をつけましょう。江美子に苦労をかけてゴメンね!
「主に委ね家族三人秋の虹」
闘病記 新井雅之
江美子が保険屋から話を聞きました。私が亡くなれば、ジョイとお父さんが困る。それで、私に生命保険をかけようかなーあっと思っている。
毎月500ドル積み立てて、7年間積みたてれば10万ドルが貰える。僕は疑った。単純に計算をしても、毎月500ドル×7年=42000ドル。しかも、IRSには報告する義務が無い。
うまい話に惑わされられないように、気をつけましょう。江美子に苦労をかけてゴメンね!
「主に委ね家族三人秋の虹」
闘病記 新井雅之
この恐るべき不安から
逃れる手立てはないものだろうか
一刻も早くこの不安感から
解放されて自由になりたい
俺は生き地獄の不安に魅入られてしまったので
不安感がなくなれば
なおさら不安になる
俺は死ぬまで不安
死んでからも不安
俺は神に祈りを捧げた
パラダイスで
安心して不安に過ごしたいと
不安に‥‥‥
快感 新井雅之
日本にいた頃、秋の季節が一番好きだった。高校生のとき「秋の日のビヨロンのため息に、身にしみてひたぶるに……」を、よく口ずさんだものだ。
どうして秋が好きかと言うと、街全体が色濃く哀調を帯びるのが好きであった。自然も哀愁を漂わせている。金木犀の香りをかぐ度に、僕は、たちまち燃える秋へと誘われる。
今、マイルス・デービスとキャノンボール・アダレイの『枯葉』を聴いている。ここLAでは秋の気配すら全く感じない。東部に行くとダイナミックな紅葉が迫って来る。
秋の句を詠ませたら、天才的な俳人がいる。「秋深き隣は何をする人ぞ」(芭蕉)。春の句を詠ませたら、名人なのが与謝蕪村。秋の句は俳聖、松尾芭蕉だ。
僕は日本の詩人(文人)で尊敬している人が三人いる。松尾芭蕉、正岡子規、それから樋口一葉である。海外では、シャルル・ボードレール、エドガー・アラン・ポー、オスカー・ワイルドだ。
パリに赴く事があれば、真っ先にモンパルナス墓地に埋葬されてある、ボードレール墓に詣でる。パリと言えば美食の都。晩秋のパリの、シテ島あたりを散策してみたい。
晩秋から冬にかけて、牡蠣のシーズンである。ブロン産の牡蠣にレモンを絞って、チューと食べてみたい。「牡蠣食えば鐘が鳴るなりノートルダム」
病気をしてからは、フランスへは御無沙汰致している。ブイャーベースにプレサレにスモークサーモンを食べたいよーォ。
旧ラッパに書いたが、僕はフランスに、文学修業エスカルゴの細道を行脚する計画を立てた。
結局、家人からお許しをもらえなかったので没になった。
家人が言うのには、遊び、道楽、食べ歩きだという。当たっているだけに、にくい。カリフォルリニアもようやく秋らしくなってきた。
今晩の夕食は、松茸ご飯と松茸のお吸い物、ここで一句。
「菊薫る松茸香り秋の膳」
新井雅之
1. 麗らかに一人静かにジャズを聴き
2. グルメ三昧大阪へ帰ったら
3. 美味なるタコ焼き食べたし春の海
4. うず潮にもまれし鯛の風味豊か
5. 懐石も木の芽時おしょうばん
6. 京料理お庭も味もはんなりと
7. 春深しひなびた宿に茶懐石
8. 賛美して心たおやぐ黄昏に
9. 鍋料理あつかん呑めぬ病にて
俳句 2010 春 3 新井雅之
アメリカへ留学中の娘と連絡が取れない。もう、かれこれ一年にもなる。両親は心配のあまり、米国行きを決断した。アメリカに行ったところで頼れるあてがいない。インターネットを見ていたら、日系の元警察官が経営している探偵事務所があった。「これだ!」早速、両親はメールをしたためた。
捜査の結果、娘の居所が分かった。サンタモニカのホテルのロビーで、娘と会う約束をした。母は娘の変わり果てた姿に狼狽した。体中ピアスだらけ、鼻も、舌も、瞼も。そして昼間から酔っぱらっている。
日系の探偵も立ち会った。探偵は即座に気がついた。酒に酔っているのではない。麻薬中毒である。母は狂乱寸前。おもむろに娘の腕を引っ張った。母と娘は腕と洋服と互いに引っ張り合った。
娘のボーイフレンドが止めに入った。ボーイフレンドも顔中ピアスだらけ、ボーイフレンドは麻薬のディーラーだ。
一部始終を見ていたホテルのスタッフは、警察に通報した。母が逮捕された。探偵は警察官に抗議をした。
「娘が悪の道に入ろうとしているのに、母親が止めに入って当然じゃないか」
探偵は日本とアメリカの違いについて、説明をした。
本人の意思を尊重するアメリカでは、娘が自分の意思で帰ってこなければ、どうすることも出来ないと言われた。
両親は落胆した。二、三日経ってから探偵から連絡が入った。娘のボーイフレンドが交通事故で亡くなったという。
「娘を保護してください!」
娘は麻薬中毒専門の施設に隔離された。二年が過ぎた。両親は娘が社会復帰できるであろうかと心配であった。
日本へ帰る日が来た。空港のチェックイン・カウターの前で、娘はトイレに行くと言い出した。待てど暮らせど娘は帰ってこない。搭乗時刻が過ぎても帰ってこない。
四、五日経って娘から電話が掛って来た。娘は、
「今、ニューヨークにいるの、アメリカでもう一度やり直してみたいの」そう言って電話を切った。
十年の歳月が流れた。娘から電話があった。
「私、ファースト・レディーになったの」
本当なのか、再び麻薬に手を出して、幻覚を見ているのか誰にもわからない。
新井雅之
ノースキャロライナのEPA(環境保護局)へ新しい乳化剤の詳説をするために、クライアントと訪れることになった。アポイントメントのある前日がまる一日あいているので、デューク大学へ足を伸ばしてみることになっていたが、当日の朝になって、クライアントの一人が突然ゴルフをしたいと言い出した。ぼくはゴルフを全くやらないが、このような訳で年に何度かはゴルフに付き合わされる羽目になる。
3人だったので、一人で来ていた現地のアメリカ人と一緒にプレイをすることになった。物静かでどことなく気難しそうな40代半ばの白人である。ぼくはそのブライアンと一緒にカートに乗ってコースを周った。第3ホールを過ぎたあたりからブライアンはジョークを飛ばすようになり、お互いの心が打ち解けていった。
暫くしてから、彼は自分の仕事のことや家族のことについて話し始めた。ブライアンはIBMのシンクタンクに籍を置くコンピューター・サイエンスの専門家で、著述家でもあった。色白で時折見せる深く刻み込まれた神経質な眉間の皺と物静かな口調は聡明であるが、はにかんだ時に見せるうつむいた目には、傷心を抱く暗い影が滲んでいた。
彼はポツリと身の上話をし始めた。タイランドの女性と結婚をして4年後に離婚。暫くたってから再婚をしたのだが、離婚をしたことが今ごろになって悔やまれてならないと言う。祭壇の前で「富む時も病む時も妻を愛し続ける」と神に誓ったはずなのに、前妻に対しても神に対しても、ブライアンはただ都合よく自己主張をしていたことに気がついたのだ。どうやら2回目の結婚も、うまくいっていないようだ。
コースを周りながら、カートを木陰に停めては二人で話し込んでしまうので、あとの二人から早く打つように度々催促される。ブライアンは今、自分の仕事に対しても大きな行き詰まりを感じている。そして複雑な人間関係に苦悩するこの頃であることをぼくに吐露した。
「人間なんて順風満帆の時は何も考えないさ。だけど、自分の能力ではどうすることもできない大きな試練にぶつかった時に、不思議とハンブルダウンして素直な気持ちになれる」
そう言ってブライアンは蒼空を仰いだ。その時、ジョン・ニュートンのことがぼくの脳裏をかすめた。奴隷船の船長であったジョンは冷酷で、いつも革の鞭を持って奴隷たちに恐れられていた。今から250年前、アフリカからイギリスに向かうジョンの奴隷船が大嵐と遭遇して、もう助かるまいと観念するほどの命の危険にさらされた時に、ジョンは「神様、助けて下さい」と叫んだのだ。やがて嵐も治まって、なぜか母が残してくれた形見の聖書を取り出して読んでいる時、ジョンは今まで思いもしなかった恐ろしい罪にまみれている自分の姿をはっきりと認識した。「神様、こんな私でも救われますか」と思わずひざまずいて真剣に祈り続けた。
このジョン・ニュートンが作詞した『アメイジング・グレース』(驚くばかりの恵み)は、かつて日本でも大ヒットしたが、米国では第二の国歌といわれるほど多くの国民に愛されている賛美歌である。ジョンは82歳で死を直前にして語っている。「私の人生には二つのことがはっきりとしている。一つは、私は以前には途方もなく大きな罪人であったこと。もう一つはその私に対してキリストは途方もなく大きな救い主であったこと」
「ぼくには難しいことは分かりませんが、必ず神はあなたを顧みて下さり、前妻に対しても、ご家族にも、そしてあなたの仕事にも祝福を与えて下さるでしょう。確信して祈りましょう」
涼風(すずかぜ)が時折頬を撫でる17番ホールの木陰で、ぼくとブライアンはカートに乗ったまま、こうべを垂れて短く祈った。
EPAでの仕事も無事に終わってあくる日の朝、ホテルをチェックアウトする時にブライアンからのメッセージがフロントデスクに届いていた。
「初対面のあなたにくどくどと身の上話をしてしまって申し訳なく思っています。休日のゴルフを台無しにしてしまいました。しかし、あなたが一緒に祈ってくれる友であったことで、私は新たな勇気を得ました。有難う。近いうちにまたお会いできますように。 ブライアン」
新井雅之
アメリカ人宣教師であった医師のヘボン(正しくはヘプバーン)は、安政6年(1859)に来日して、神奈川で診療所を開設した。92年に日本の地を去るまで、数多くの病人を救いながら、日本で最初の和英辞典『和英語林集成』を結実、ヘボン式ローマ字を普及させた。
フランシス・ザビエルが日本で布教活動していた時分は、キリスト教の絶対者であるゴッドを、大日(だいにち)、天主(デウス)、天翁(てんとうさま)などと訳していた。その後約三百年を経て、ヘボンが神と和訳したと言われている。
以来、キリスト教に「神」が定着したが、日本の固有信仰である神道の神と混同してしまうので紛らわしい。
では、キリスト教の神と神道の神とでは、一体どのような違いがあるのだろうか。日本宗教学会評議員の小池長之さんの研究文献に、面白い記述を見つけたので紹介したい。
「人間が学生だとしたら、神道の神様は大学の教授程度であるという」。(『日本宗教ものしり100』日本文芸社)言うまでもなく、キリスト教の神様は、天と地を創造した全知全能者である。