きょう、(6-11-11)日本語学校で俳句を習った。
ジョイが初めて作った俳句。
さくらの木ピンクのドレスひらひらと
花火だよ「たまや~」と言って楽しむよ
毛虫
ギィヨーム・アポリネール/堀口大学訳
働くことは金持ちをつくる
貧乏な詩人よ、働かう!
毛虫は休なく苦労して
豊麗な蝶(てふ)になる。
堀口大学の訳詩の集大成とも言える『月下の一群』(大正14年刊)の中から、『毛虫』を鑑賞する。
僕は陋居の仕事場の壁に、この詩を拡大したコピーを、5年ほど前から貼り付けている。何故ならば、往時のアポリネールの情況と自分自身が、だぶって見えて来たからだ。
さて、『毛虫』は僅か四行の短詩であるが、二つの構成に分かれて成り立っている。即ち一行目と二行目が第1部であり、三行目と四行目が第2部となる。
第1部は貧困に陥った時の、自問自答である。それは詩を書く努力が、衆生世間に理解されないからである。けれども、生活していく為にはお金が必要なのである。
第2部は、詩人の魂はイマジネーションの美であって、決して物欲に溺れるものではないと謳っている。従って『毛虫』は、相克の哲理に煩悶するアポリネールの絶叫であるのだ。
巷では、『詩』など創らないで『田』を作れ。「あいつは詩人か、どうせ金がないのだろう。ジャニターの仕事でも世話してやれ」等と言われて来た。浮世では、詩人は肩身が狭いのである。
♪ 雨、雨、降れ、降れ、母さんが、蛇の目でお迎えうれしいな……
「蛇の目って何? 」
一緒に歌った後で、ジョイから問われた。無理もない。僕が子供の時分でさえ、蛇の目は一般的ではなかった。それでも、地方へ赴くと番傘を見掛けることがあった
きょう、6月11日は入梅。当地、南カリフォルニアでは、10月の末頃まで雨は一滴も降らない。日本列島はこれから約1ヶ月間、黒南風(くろはえ)の雨期を迎える。
山陰地方など、年間を通して降雨量の多い地域では、「弁当忘れても、傘忘れるな」と言われる程、雨傘は日常生活に欠かせない。
英国紳士のシンボルは雨傘であるが、カリフォルニアの人々は雨傘には無頓着である。多少の雨が降っても、めったに傘をさして歩いたりはしない。
雨の多い国で育った日本人は、雨が降ってくると条件反射的に、雨に濡れないようにしようとする。井上陽水さんの『傘がない』という曲の歌詞を読むと、急いで知人に会いに行かなければならないというのに、「♪ 問題は今日の雨、傘がない…… 」。よっぽど雨に濡れるのが難儀だと見える。
ジーン・ケリーは傘を投げ出して、土砂降りの雨の中で愉快に歌って踊った。ハリウッド映画『雨に唄えば』は、憂鬱な雨を愉しく表現させる為の手段として用いた。
傘のルーツをひもといてみると、雨傘よりも、日傘の方が最初に考案されていた。古代オリエントが発祥の地で、ローマ時代になってから雨傘が普及した。その後、18世紀の中ごろになると、鋼鉄製のこうもり傘の原型が出来上がった。
ロサンゼルスで生活を続けていると、多少の雨如きでは、傘の世話にはならなくなった。雨期になると、月形半平太張りに「濡れて参ろう」ということになる。しかしながら、傘の必要性を感じる場合も稀にある。
思い立ったが吉日。きょうから、自動車のトランクに折りたたみの傘を忍ばせておこう。本日(6月11日)は『傘の日』なり。
あっという間に1日が終わる。1週間が過ぎる。季節が変わる。そして1年が経過している。
年齢をつみ重ねるごとに、時の経つのが速いと感じるのは、人生というものが分かってきたからだと、泰西の或る偉人が語っていた。
分かったという意味は、人生を悟ったということではない。生きていくことに慣れきってしまって、感性がにぶっているだけだ。いや、そのような考え方は適正ではない。今朝、時の流れについて自問自答している自分がいた。
ロサンゼルスの街角で、時計を探すのは容易ではない。レストランへ入っても、ショッピングセンターを歩いていても、時刻を知らせる公共の時計が目に入らない。時折、ビルの塔などに大きな時計が掲げられてあるが、そのほとんどの時計が故障している。たとえ動いていても正確な時刻は期待できない。
超過密ダイヤにもかかわらず、JRの発着時刻は実に正確である。この正確さには、訪日した外国人が舌を巻くらしい。日本の標準時間を刻んでいるのは、セジウム原子時計だ。3000年から30万年の間に、わずか1秒の誤差しか生じない超高性能。1888(明治21)年、世界の標準時間に合わせて、日本標準時が設定された。
元来、人間の本能には、時を予測する能力が備わっている。翌朝6時に起きるつもりで目覚まし時計を合わせて眠ると、目覚ましが鳴る寸前に目を覚ますことがある。摩訶不思議だ。
先日、読書中に、「間もなく正午だな」と感じて書斎の時計に目を向けると、五分前であった。腹時計が時刻を告げてくれたのである。
きょう、6月10日は『時の記念日』。ジャネーの法則によると、50歳の人間の1年は、10歳の少年と比較すると、5分の1の速さに感じると言う。
アメリカだけが全米と言うのは何故か。中国も全中国、ロシアも全ロシアとは言わない。
リトル東京の日系人博物館で資料を見つけた。
今から90年前、日系人の吉田善兵衛という人が、全米は豊かな国と語ったことに由来する。
本当の様なうその話。
下降
杉山平一
仲好しと、いま別れたらしい
娘さんが笑みを頬にのこしたまま
六階からエレベーターに入ってきた
四階で頬笑んだ口がしまり
三階で頬がかたくなり
二階で目がつめたくなり
一階で、すべては消えた
エレベーターの扉があくと
死んだ顔は
黒い雑踏のなかに入って行った
現在、杉山平一は『関西詩人協会』の代表を務めている。彼の代表作品といえば、この『下降』と、『写真師』、『生』、『不在』などがそうである。
詩を味わった後で、押し付けがましい解説を読んでしまった故に、掻き立てられていたイマジネーションが興醒めてしまうことがある。
伊藤信吉は、娘さん(女の子)が一階についたとき、彼女は「無」になっていた。と解説している。作者は「すべては消えた」と詩の中に綴っている。女の子が「無」になるのと、客観的に詩人の眼が捉えた状況であるところの「すべてが消えた」とでは、本義が全く異なってしまう。
何かメタフィジックなことでも意図しているのかと考えたが、伊藤信吉は女の子の表情の変貌をカメレオン物語であると結んでいる。そして変貌は無意識のうちに行われるので、戦慄するのだ。というのである。
非常に抽象的な釈義だが、ここは別段、難しく考える必要はないと思う。今まで仲好しと遊んでいて、生き生きとしていた女の子の顔が、一階について実在となったのである。そこで終結すれば詩にはならないので、対照的な「死んだ顔」という表現を用いたのである。そうすることによって「黒い雑踏の中に消えていった」最終行が深い広がりを見せている。